吃音強化雪だるまの法則


 現在の小学校の高学年から上は、殆どスマートホンを持っている。また男女間の交流も非常にスマートになり「好きだ」など簡単にメールが出来る時代になっている。ほほえましく孫の世代を眺めている。

 

 私は中学三年生の時にクラスの女の子にラブレターを書いた事がある。懸命に書いた手紙を彼女の下駄箱の靴の中に入れた。その反応を確かめるためドキドキしながら待っていた。顔を合わせるのだが、目を合わせようとしてくれない。三日目の夜母に呼ばれた。母の手に私が書いたラブレターがあるではないか、「まだ早い!勉強に集中しなさい」と言って返された。母親同士が女学校の先輩、後輩であったのだ。自分が書いたラブレターを母親から返される。この時の恥ずかしさは、60年以上経った今思い出しても赤面する。強い感情と共にある記憶はこんなに強いものだ。この件には面白い後日談が有るがここでは、強い情動を持った記憶の強さ、恥ずかしさは60年以上の時空を超えて瞬時に甦るのである。

 

 私は吃音のため小学校に上がる頃から、吃るために色々と厭な思いをしてきた。国語の時間の音読とクラス変えの自己紹介は特に厭な体験の代表的なものでこれを積み重ねてきた。この記憶は「惨め」、「悔しい」、「泣きたい」、「恥ずかしい」などの強い情動を伴って潜在意識の中に少しずつ次々と蓄えられているような気がする。

 

 本読み(音読)の有りそうなページは開けた瞬間、吃る場所が瞬時に目に入ってくる。練習では読んで吃る箇所の息継ぎ、声の大小、速度、抑揚を変えて練習する。でも夜寝る前に不安になってくる。前の音読も、その前の音読も大きく吃ってしまった。これらを思い出し不安になってくる。予期不安である。厭な記憶は強い感情を伴って思い出され、その度に強化されていくように脳の記憶は出来ているようだ。雪だるまを作る時のように少しでも吃音の悪い体験を思い出す度に「吃音の雪の玉」が大きくなっていく。随分前の吃音の記憶でも思い出す度に時空を超えてタイムスリップして感情を伴い現れる。そして雪だるまを大きく育っていく。

 

 この現象を「吃音強化雪だるまの法則」と名付けよう。吃音歴20年の吃音者は20年間「吃音の雪だるま」を作ってきた事になります。逆説的に言えば、私ども吃音者は何時も「吃音を忘れない努力」をしている事になります。勿論吃音者が100人いれば100通り雪だるまの大きさがあり雪の堅さも違います。

 

 吃音の嫌な体験はすぐ忘れる事が「吃音の雪だるま」を大きくしない秘訣ですが、私は中学三年まで無意識に大きくしてきたように思います。「吃音の雪だるま」を大きくしない方法は、吃音の事を考えない、思い出さない事です。思い出さない、考えないと口では簡単に言うがなかなかその実行は難しい。

 

 私はこの「吃音の雪だるま」を大きくしない方法、吃って厭な思いをした時はすぐに「吃音のゴミ箱」捨てる。大きな声で「済んだ事は仕方がない、ポイ」と言って捨てる。吃った時の過去の嫌な事を思い出す時は、直ぐに楽しい体験を思い出して隠ぺい、上書きをするようにする事が大事だと思う。

 

 小学低学年の吃音の子供は、吃音の嫌な体験は直に、楽しい、心がわくわくした体験の思い出を語りあったり、話題にとり上げる。何時も楽しい、心が弾む体験で頭を満たす事が大事だ。この事を大人が考えながら、吃音の子供のために出来るだけ厭な体験を隠ぺいする援助が「吃音の雪だるま」を大きくしない一つの方法だと思っている。

 

 「吃音の雪だるま」を少しずつ溶かす私なりの方法、もちろん万人に向く方法ではないが、私には良かったと思っている方法がある。他の吃音者には不向きかもしてないが順次、書きたいと思っている。